長寿大国日本。生涯を通して2人に1人ががんを経験すると言われ
そのうち3人に1人は就労している年齢でがんを見つけています。
いざ自分がなった時、そして周囲の誰かがなった時
慌てず対処するためには、経験者の話に耳を傾けるのが一番です。
”がん=死”というイメージを払拭する為に様々な体験談をお届けしていきます。
インタビュイープロフィール
お名前:澤田貴司さん
職 業:株式会社ファミリーマート
代表取締役副会長
がん種:胃がん
治療内容:開腹手術をして職場復帰
休職期間:1か月
1957年石川県出身。上智大学卒業後、1981年に伊藤忠商事株式会社へ入社、化学品原料のトレードや米国小売分野の企業買収等に携わる。
1997年株式会社ファーストリテイリングに入社、翌年、取締役副社長就任。同社のフリースの爆発的なヒットにつながる事業戦略立案等に従事。2005年に企業支援会社である株式会社リヴァンプを設立。2016年9月にファミリーマート社長に就任。2021年3月現職。経営統合したサークルKサンクスのファミリーマートへのブランド転換を指揮し、2年3か月で約5,000店もの転換を完遂。現場とのコミュニケーショを重視し、さまざまな改革に取り組んでいる。
目次
がんを経験し今改めて伝えたい事
精神的な健康は肉体的な健康につながります。なので、やりたい事を見つける事が大事だと思います。私は社会人になって40年以上、自分の心に正直に生きてきたつもりです。嫌な事があれば喧嘩もするし、嫌な事は嫌だと思って伝え、やるべきことをやってきたと思います。だからこそ今日まで楽しく仕事をやってこれたとも思っています。いつも大切にしているのは「人のせいにせず、人に迷惑をかけず、健康に生きる事」です。
ー自分に正直であれということですね
昔から楽しいと思えないとやっていけない性格でした。人生は一回きり、しっかり楽しみたい。もちろん仕事が辛い時もありました。その都度、自分の判断に沿って真摯にやってきました。しかし、本心からその仕事が嫌だと思った時は本当に辛い。だからこそ「今、自分は正直に仕事を楽しめているか」という事を常に意識しています。組織の上司が暗い顔をして仕事していたら部下に迷惑だと私は思うのです。
ー上司の心模様が職場の雰囲気にも影響するという事ですか
部下は賢いです。上司の感情をすぐに感じ取ります。楽しくなさそうに働いている上司は部下にとって失礼な存在でしかないので、その立場から離れるべきだと思いますね。当然ですよね、リーダーというのは指示を出す立場です。そうした人間が嫌そうに仕事していたら組織を駄目にしてしまいます。だから、私は心から仕事を楽しまなくてはいけないと思います。
そして、もう一点、仕事を無理してやっていると肉体的にもダメージはでてくると思います。
ー職場の空気が重い場合どうするのが効果的だと思いますか
前職は企業の再生案件を数多く手がけ「下を向いている会社をいかに上を向かせるか」という事を常に考えながらやっていました。上司が明るいと組織は上を向きます。ユニクロの店舗で働いていた時に自分が取り組んだ例をあげると、まず冬の寒い日には他の従業員より早く出勤して暖房をつけて店舗の温度を温かくしました。元気のない店長には温かいお茶を入れる。そしてポジティブな言葉をかける。するとその店長はどんどん元気になっていった。それだけで組織の雰囲気は変わります。
ー個を意識しながら組織改革をしたのですね
そうです。組織を作っているのは1人1人の社員ですからね、当たり前です。若い時は独りよがりで上手くいかなかった時も多々あります。上手くいかないと人のせいにしていた時もありました。しかしアメリカの企業再生案件を担当した経験や、株式会社ファーストリテイリングの柳井さんとの出会いから多くの事を学びました。組織を引っ張る立場として働く期間が長くなれば長くなるほど、人を見る事の大切さを強く思うようになりました。
ーどんな組織であればこれからも成長していきそうですか
失敗してもいいから、1人1人が自分で考え自分で行動する。「失敗しても成功しても自分のせい」と思って動いていける人を応援する、そんな組織がいいですね。その為にもトップの人間は、メンバーには言い続けるしかないです。難しいからといって行動をとめてしまったらそこで終わります。組織を活性化させられるかどうかは、トップ本人が、その信念を持って行動し続けられるかが大事です。「周りのせい、人のせい」にしだしたらリーダーも組織もおしまいです。
ー言葉はどうやって伝え続けていますか
あらゆる媒体を通じて意識的に発信していますね。そこは、トップが決めて、行動するべ
き。直接メンバーに語り掛ける場合もありますし、社内イントラを使ってメッセージを配信するもの、動画配信の方が伝わりやすいものなど内容によって分けて対応しています。また、それ以外にもインスタ風に自分のその日の行動をタイムリーに伝える「サワスタグラム」も開設しています。メンバーからの質問・要望があればそれに答えたりもしています。コミュニケーションツールとして広報部や秘書室と共にやっています。こうした事は、周りと共にやるのが一番いいですよね。共有する情報もそこまで口を出さず、任せています。任せる事も大事です。欲しい情報や楽しい情報を発信できれば、周りは自然とフォロアーになってくれるんですよ。
ー他にトップとして組織を引っ張っていく為に意識している事はありますか
組織メンバーの間にバイアスを作らないために、特定社員を「特別扱いをしない」という事も意識してやっていますね。例えば秘書室メンバーにお土産などは渡さないというのもその気持ちの表れです。やはりそうした特定メンバーにバイアスがある職場は気持ち悪いのではと思います。後は、常にお客様・社員・取引先・利益を上げる、この4つを軸に物事を考え決めています。これらを軸にすればそんなに大きく判断はズレないと思っています。そしてビジネスなので運もあります。しかしこの運も自らの振舞いからくると思っています。ちゃんとしていれば運も来ると思います。
がんになって復活して思う事
ーがんを経験して変わった事などはありましたか
がんになっても、考え方はそんなに変わりませんでしたね。がんがわかった時も、周囲に伝える事に対して恐怖も躊躇も全くありませんでした。トップとして抱えている責任も大きかったので真っ先に伝えないと、信頼のおけるメンバー達に迷惑をかけると思い、その後の経過などの情報もタイムリーに伝えましたね。
ーどんなふうに伝えたのですか
「がんでも元気だ、すぐ戻ってくるからさぼるなよ。」と。あの言葉は周りを安心させるためでもありましたが、自分を鼓舞するためにも言っていたかもしれないですね。
ー伝えて良かったと思いますか
経営者は真っすぐ正直にしていないと組織は傾きますよね。ちゃんと直接正しく気持ちを伝えた方がみんながやりやすくなると思うんですよね。私の場合、がんだけにとどまらず、嫌なものはすぐ嫌とはっきり言いますしね。
ーご自身も死を意識したタイミングはありましたか
がんが見つかった時には「死ぬかもしれない、やばいかも」と思いました。でも先生からの「必ず治す」という一言を信じて大丈夫だと思いました。信頼できる人の言葉を信じて、やっていこうと思いました。
ー体力が完全に戻らない間どんな思いでいましたか
「身体も精神も元気でいたい」と強く思い、術後もそう思っていました。なので退院後は好きな事でもある筋トレで身体を鍛えたり、食べ物に気をつけるようにしています。今朝も24キロバイクを漕いだり朝2時間運動してきました。今年64歳ですが腹筋100回だって問題なく出来ますよ。トライアスロンも年に3回は必ず出場すると自分に対する約束事として決めて実行しています。今はコロナの影響で大会がキャンセルになり実行できず残念なのですが。
ーがんになってから家族に対する気持ちに変化はありましたか
もう妻には感謝しかありません。がん治療の件で改めて思いました。妻が、世田谷の実家からがん研有明病院まで1時間かけて毎日見舞いに来てくれました。来てくれた時には嬉しいというよりか「ありがたいなあ、感謝しかないな」と思いました。毎日続けるのは本当に凄いと思いますね。
ーどのようなご夫婦なのですか
夫婦仲はいいですね、べたべたとかではなく、尊敬しているんです。妻は人に心から寄り添い、尽くせる人ですね。まだ結婚もしていない許嫁だった時期、事故にあった自分の父親の為に石川県の実家まですぐに来てくれて、初めて会った祖父母のケアもしてくれました。そして凄いのが、父が亡くなった後も「義母さんが心配だ」と言って仕事を休んで私の母をサポートしてくれました。妻は老人介護の仕事を20年近く続けているんです。素敵な女性ですよ。純粋で、心が綺麗。本当にすごい人だなと思っています。だから、私が病気をした時も本気で心配してくれましたね。彼女からも沢山の事を学び、その影響で自らの行動が変わったところもあると思っていますね。彼女を見ていると、自分ももっとしっかりしないとって思います。世の中で一番尊敬している人ですね。
仕事と治療の両立をしようと思っている人へのアドバイス
環境や立場も違うでしょうから一概に言うのは難しいですが、「人生を楽しんでいただきたい」と思っています。明日も未来、その未来を信じて楽しんで生きて欲しい。遠くの先は見えづらい、けど明日だったら見える。「明日楽しい事やろう」と思うのは誰にでもできると思うんです。「明日会う人とどんな話しようかな」とかね。そんなに今の現状を悲観せず、明日という近い未来に目を向けて今出来る事をやって欲しい。それらが積み重なる事で精神的な健康につながる、それが大切だと思います。精神的な健康は本当に大事。「私の人生、良かった」と思えるかどうかは大切だと思います。
ーそうした毎日の楽しみを見つけるコツはありますか
馬鹿笑いするのは凄く大事ですね。過去壁にぶつかった事があったんです。しかし、ふと手に取った、かなりいい加減な社長が出てくる植木等のコメディー作品を見たんです。それを見て、本当に毎日行くのが嫌で辛かった時期を自分は乗り越えられました。笑うのは大事。でも思い返すと、その時の自分は嫌な事をすべて周りのせいにしてやっていました。それも自分を追い詰める原因の一つになっていたんじゃないかと思います。それらの経験すべてひっくるめて、皆さんに今言えることは「元気でいてほしい。楽しんでほしい。やれる事を実行してほしい。」上手くいかない事があったとしても「はい、次!」というくらいの視点を持ってやっていく事が大事だと思いますね。
両立支援に取り組む企業担当者へのメッセージ
人や環境のせいにしちゃいけないよね。会社でも出来る事、出来ない事はある。私自身、周りの環境を見ながら仕組みや制度を導入してきました。でも、皆さんが「必要だ」と確信を持っているのなら「自信を持って自分のプロジェクトとして着手すればよい」と思います。どんどんチャレンジする。そして大事なことに気がつかない組織でやっていて出来ないならとっとと次に移るのも手だと思います。出来ない事を人のせい、環境のせいにしちゃ絶対にだめです。自分も自分に対してそれを言い続けて生きていきたいですし、そういう人間であり続けたいと思いますね。
ー企業として社員のヘルスリテラシーをあげる取り組みは必要だと思いますか
気づかせてあげる努力は必要。企業として作れる制度を作り、それを運用することも大切。しかし、個人が自分自身で知識をつけていく必要もあると思う。今は情報社会でいい情報も沢山とれるようになっていますからね。相手が受け取る気がなかったら企業側も届けるのは難しいよね。双方が歩み寄る姿勢が大事だと思います。こうした情報は伝えられる事を割り切って伝え続けていく事が大事だと思います。発信し続けても一向に受け取られないとしたら、受け取る側がまだ育っていないのかもしれないよね。だから疲れすぎず、ストレス溜めすぎず、気長にやっていく事が大事だと思います。
ー意識していない層にメッセージを届ける何かいいアイディアありますか
「べき論」はお互いが疲れるので「ポジティブ、ワクワク、楽しい」そうしたメッセージと共に発信するのが一番だと思いますね。嘘のない、ポジティブに生きている人って見ていて気持ちがいいでしょ。届ける側は内容が楽しいものを作る、読む人が楽しくなれるものがいいね。
ー最後に一言お願い致します
自分の人生もこれから。今までは単なるストレッチ期間。
本番はこれからだと思って、やりたいことをやって突き進んでいきます。
皆さん、ファミマをどんどん使ってくださいね!
ー敏腕経営者として、がん経験者として日々前進していけるパワーの秘訣が聞けました。これからも第一線でのご活躍応援しております。本日はどうもありがとうございました。
2021 年 6月15日
語り=澤田貴司
取材=吉田ゆり/野北まどか
文 =吉田ゆり
写真=株式会社ファミリーマート提供
※本記事はがんを経験された個人の方のお話であり、治療等の条件や判断は1人1人異なります。全ての方にあてはまるものではありません。
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